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海からしばらく歩いた路地裏の住宅街に、望潮温泉はあります。海の家のような素朴な造り。さっそく、入浴するといたしましょう。番台の管理人さんに100円を渡します… 「はい、はい」 お菓子を食べながらテレビを見ていたおじいさん。優しそうですが、目の彫りが深く鋭かったのが印象的です。 「私ぁ82歳で、もう22年、ここの管理人をやっちょります… お客さんはぁ何処の人ですか?」 管理人の宮本さん、御年82歳。年齢より若く、というよりは強く、関西弁がまじり商魂たくましく見えます。 「この温泉は昭和9年にできまして、前は2階があって、目の前に家が無くて海が見えたもんですから『望潮泉』です。もうこの温泉、72年ばかり続いちょります。単純泉いいまして、年をとらない温泉ですわ」 と、まずこの温泉の生い立ちから話が始まり(お菓子のかけらが歯の間から少し飛びつつ…、すみません、こんなこと書いて)、 「私ぁ戦争に行きましてん、なんせ食べ盛りの15歳ですわ、兵隊入ったら食事が至急されるもんですから、自分から志願しました」 と宮本さんご自身の人生の話に。なんでも、もともと大阪の方なのですが、戦時中は日出町(別府市の隣町)の海兵隊に在籍していたのだそうです。 「戦争が終わってからは、大阪で○○新聞の販売員を何十年もやっちょりました」 「どうして別府にいらっしゃったんですか?」 「私の、今51歳になる息子が、喘息を持ってまして、別府にいい病院があるちゅうて、別府に越してきました」 そして私の家族の話に。 「今、私は東京に住んでいるんですけど、実家は別府で、親が2人おります」 「そうですか、それにしても年をとってからは、都会よりも別府のほうがいいです、お客さんの親御さんも、別府の温泉に浸かれていいですなぁ」 すると突然、現代を憂い始めた管理人さん。 「自分たちの頃は、食べるものも無ぅて、でも親ちゅうもんは大切にしちょりました。今は食べるもの、着るもの、何でもある、ぜいたくになりましたなぁ。そやけど、テレビとかで言うてますやろ、子が親を殺したとかニュースになってますやろ。ぜいたくになりすぎたんです。今の日本はダメです。…子が親を殺すて!!」 宮本さんは泣き始めました。 「…親御さんいるんやったら、大事にしてください」 そして、私の手をしっかり握りました。
宮本さんと30分以上話した後、温泉へ。これが確かに古いんです。黄緑色の内壁といい、天井といい、実に年季が入っています。温泉と管理人さんを取り上げた新聞記事の横で服を脱ぎ、入湯。温泉は単純泉で、とても澄んでいました。
宮本さんの「いい話」、それは日本一あたたかいセールストークなのかもしれません。別府にこういう温泉があること、そして温泉と管理人さんの人柄を支えるお客さんがいること、私は別府に生まれた者として誇りに思います。
||別府八湯
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